おもしろびと

平成25年2月号 第42回 中川でんきスパイスにいみ 新美努さん

Profile

新美 努さん
中川でんきスパイスにいみ

〒470-2105
愛知県知多郡東浦町藤江大坪48-27
TEL 0562-83-2366
フリーダイヤル 0120-172-366

http://www.ns-denki.com/

沖縄へ移住、そして電気屋

今から48年ほど前、おじいちゃんが生路でミシン屋さんを始めたそうです。当時は女工さんが多かったので、ミシンを売りながらドライヤーやアイロンを置くようになり、時代の流れで電気屋さんになりました。二代目は一人息子の父親が継ぎ、『スパイス』という名を使うようになりました。ピリッとスパイスがきいて、他店とは少し違うよ、ということかな。兄の奥さんの実家は偶然にも電気屋さんで、店名は西尾市一色町の『中川でんき』。兄が結婚して親戚関係になったのも何かのご縁、一緒にお店をやりましょうということになり、中川さんは規模の大きい個人店なので本店に、うちが支店になりました。

子供の頃にお店の手伝いはしてなかったし、やれとも言われなかった。でも高校は電気科へ行ったんです。そのおかげで第二種電気工事士という資格が取れたので結果的によかったかな。店に入ったのは5年前の28歳ぐらいで、それまでは全然違うことをしてました。

高校卒業後、自動車関連会社へ入社。そこでは、ラインの機械を組立てる仕事をしました。鉄を加工したり溶接したり、色々な経験をしました。その次に型枠大工になり、マンションや家の基礎の型枠などを造っていました。次に溶接会社に入社。その会社が社員旅行に沖縄へ連れて行ってくれました。テレビでみるように景色や海がきれいで暖かく、食べるものも変わってるし美味しい。そこで沖縄にはまったんですね、移住するぞ、と。

『沖縄に住む』と言ってから半年ほどして、石垣島へ行くことに決めました。ワゴンRに布団やテレビ等いるもの全部つめこんで、名古屋港からフェリーに乗って出発。本島に1週間ぐらい立ち寄り、いよいよ石垣島へ。アパートを借りるつもりでしたが、保証人が要るとか仕事をしてないと貸してくれないので、建築会社へ就職しました。その頃、観光客や移住する人も多く建築ラッシュだったんですよ。のんびり遊びに行ったつもりでしたが、土日も休めず仕事。沖縄は賃金は安いのに物価が高いから、生活するのに大変でした。でも2人で沖縄に住んでみて、人の温かさなどを感じ良い経験をさせてもらいました。
1年半ぐらいたち、将来何をしようかと考えるようになった頃、親が石垣へ観光に来ました。その時どちらから話を切り出したか忘れましたが、電気屋の話になって、それで帰ろうかと。店の話がなかったら帰らなかったかもしれません。

経験をいかして

電気屋はこれからどう生き残るかを考えました。電気屋はお客さんの家に入って仕事をするので、それによっていろんな提案ができる。実際にお客さんの家で見ながらだと、話を聞いてもらえますよね。トイレ風呂寝室、うちが全部やれれば、その商品のことから工事も全部対応できるので、仕事も早く済む。電気のほかに水漏れや蛇口の交換、水道工事も気軽に頼んでもらいたいと思います。

沖縄での建築は一から全部やるんですよ、家を丸ごと建てるのはいい経験でした。例えばオール電化にする場合、電気工事は電気屋、水道工事は水道屋、何百リッターというタンクを置くのでコンクリートの基礎作りは左官屋。そう分けると少なくとも業者が3つ入るため、費用も日にちも増えますよね。そこを僕が全部まとめてやれますから、お客さんに安心してもらえる。コンクリートを練ることから鉄筋をやるのも、型枠時代の経験や沖縄時代の建築がいきてると思います。

手作りのチラシ『あやコ~ル』を配るようになってからは、若いお客さんが増えたように思います。店内でIHの料理体験や、ホームベーカリーを使ったパン作りの案内を紹介などをしてるので、気軽にお店へ来てもらえるようになったかも。チラシは嫁が作るようになって5年ぐらいかな、2ヶ月に1回のペースでがんばってくれてます。お客さんから『あやコ~ル読んでるよ!』って声をかけてもらえると、本当に嬉しいですね。

今後のスパイスにいみは、困った時に思い出してもらえる店になること。今もこれからもやり続ける店。スパイスにいみに頼めばどうにかしてくれるわ、と信頼してもらえる地域一番店を目指します。

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